戦後81年目の2026 戦争と平和を語る会

2026年08月26日 16時30分

社会

戦後81年となる今年、日高地方の学徒動員や空襲の記憶を風化させないための「戦争と平和を語る会」がこのほど(8月9日)、御坊市中央公民館で開かれ、紙芝居などが行われました。

このイベントは、御坊市を中心に活動するボランティア団体「おはなしサークル 泉のひろば」が主催したものです。

催しでは、千葉市在住の花澤怜子(はなざわ・れいこ)さんが描いた紙芝居『泣かなわいやろか』が上演されました。

花澤さんは戦時中、東京から、現在の御坊市藤田町へ疎開し、日高高等女学校の1年生として煙樹ヶ浜(えんじゅがはま)での陣地設営や、昭和20年6月の空襲で級友を亡くした悲しい体験を紙芝居に描きました。

花澤さんは、「非戦闘員にも、子どもや女の人らがいて、ああいう体験は二度とあってほしくない。あんなつらい思いは、絶対に人生であってほしくないというのが私たちの切なる願いです」と話しました。

また、当時、煙樹ヶ浜にいた陸軍部隊を調べるため、防衛研究所の史料閲覧室などを訪ねた花澤さんの息子である徹(とおる)さんによる調査報告も行われました。

その結果、当時13歳から15歳の少女たちが担わされていたのは、1日あたり1組で390キログラムもの石や砂を運ぶという重労働で、作業は、二人一組で運搬用のネット“もっこ”を天秤棒に吊るし、波打ち際から松林を抜けて県道まで、往復500メートルの距離を何度も往復するというものでした。

また、当時の少女たちの摂取カロリーは1日わずか500カロリーと推計され、重労働に必要とされる3500カロリーのわずか15%程度にすぎませんでした。

徹さんは、「どうしてそんな作業をさせられたのか、 作業をしたのは、誰だったのか、純粋に知りたくてこの調査を始めた。しかし、記録があまり残っておらず、それを裏付けるだけの根拠をこれから探していかねばならない。これは非常に大変だなという思いがした」と話しました。

徹さんは、美浜町和田の中央公民館で来(9)月19日の午後1時半から午後4時まで開かれる報告会で、分析結果を発表することにしています。

主催する「泉のひろば」の小山千賀(こやま・ちか)代表は、「徹さんの話は、あまり聞けない話でよかった。また、花澤さんのお話は、93歳の話しぶりで、一言一句、伝えてくれるのだから、すばらしい」と話していました。

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