海南市で復興計画策定訓練 高校生も参加

2022年10月15日 18時30分

災害・防災社会

南海トラフ巨大地震による津波や地震の被害が想定されている海南市で災害発生後に策定される復興計画の作り方を学ぶ訓練がこのほど(10/8)、行われ、地元の高校生らが参加してまちの良いところを出し合い、復興計画策定にあたっての方向性を考えました。

訓練の様子(2022年10月8日・海南市役所で)

海南市では、大規模な災害の後に策定する復興計画の作成手順などをまとめた事前復興計画を今年度中に作ることにしていて、海南市出身で京都大学防災研究所教授の牧紀男(まき・のりお)さんをアドバイザーに迎えて作業を進めています。

こうした中、南海トラフ巨大地震で被災した1ヶ月後を想定した、復興計画の策定訓練がこのほど海南市役所で行われ、海南市の若手職員や、市内の高校生、海南市内出身や在住の大学生らおよそ50人が参加しました。

訓練では、はじめに国土交通省都市局の街路事業調整官で、東日本大震災後の2012年4月から4年3ヶ月間、出向して岩手県大船渡市の副市長を務めた角田陽介(つのだ・ようすけ)さんが講演しました。

この中で、角田さんは、「どのタイミングで自治体に復興を持ちかけるか悩んだが、被災後1ヶ月から1ヶ月半で、多くの自治体に受け入れてもらえた」と述べ、出向する前に復興を支援した宮城県山元町(やまもとちょう)の事例などを振り返りました。

講演する角田さん

そして、角田さんは、「被災した後の復興は、都市を、ゼロから抜本的につくり直し、より良いまちをつくる機会でもある」と指摘した上で、「被災直後には、スピードが求められるが、合意形成に時間がかかるため、住民には、行政が何もしていないように見えるし、復興の議論を始める頃は、まちに多くの人が入っているため、住民の中に高揚感があり、冷静に議論する勇気が求められる。事前に議論しておくことで、何もしていないように見える期間が短くなり、将来の想定についても、冷静な議論につながり、より良い復興になるのではないか」と述べました。

この後、7つのグループに分かれて行われた訓練では、参加者が、それぞれ、被災後も残したい海南市の地域資源や、自分の住んでいる場所を地図上に記し、南海トラフ巨大地震による津波の被害が想定される区域に色づけした透明なシートをかぶせて、どの場所が、どのような被害を受けるおそれがあるのか、確かめていました。

グループごとに発表

さらに、7つのグループは、それぞれ復興を機に海南市をどのようなまちにしたいか、意見を出し合い、「古い町並みを残した上で、市街地に商業施設や観光施設を新たに整備する」といった復興計画の方針をまとめ、グループごとに発表しました。

訓練に参加した県立海南高校3年の前太陽(まえ・たいよう)さんと坂部公紀(さかべ・こうき)さんは、「将来の海南市について考えることができ、とても充実した時間でした。毎日、海南市のために働いている人の意見を聞けてとても参考になりました」とか「伝統的な文化を残しつつ、新しい文化も取り入れる、共存が大切と感じました。若者の働き手が暮らせる100年後も存在できるまちを次世代に繋ぐために考えました」と話していました。

発表を見守る神出・海南市長(手前・右)ら

訓練には、海南市の事前復興計画を監修する京都大学防災研究所の牧教授も出席して訓練の様子を視察し、訓練後、講評しました。

講評する牧教授

この中で、牧教授は「復興に際しては、被災したすべての自治体がにぎわいや観光振興を求めているので、ライバルは多い。その中で重要なことは、海南市の売りは何かを考えること。他と違うことをしないと、 負けてしまうかもしれない」と指摘しました。

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