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『防災だけに留まらない梧陵の功績』岩出市で開催

2022年03月23日 19時22分

イベント政治教育歴史・文化災害・防災社会福祉・医療

稲むらの火をはじめとした防災の先駆者として広く知られている広川町の偉人・濱口梧陵(はまぐち・ごりょう)の、防災以外の功績について考えようというシンポジウムが、このほど(3/19)岩出市で開かれ、梧陵が医学や教育の進展にも尽力したことが紹介されました。

岩出市根来の旧和歌山県議会議事堂で開かれたシンポジウム(2022年3月19日)

これは、和歌山県を代表する偉人・濱口梧陵に関する津波防災以外の功績を県内外に広く発信しようと和歌山県が主催したものです。

岩出市根来の旧和歌山県議会議事堂で開かれたシンポジウムでは、はじめに、仁坂吉伸知事が「濱口梧陵は和歌山が生んだ偉大な先駆者で、防災だけでなく、日本の近代を築いたような功績がたくさんある。和歌山県からこんな素晴らしい人が排出されたことを胸に置いて、頑張っていかなければならない」と挨拶しました。

挨拶した仁坂知事

この後、基調講演した東京大学大学院総合文化研究科の山口輝臣(やまぐち・てるおみ)教授は、「濱口梧陵は、武士でも庶民でもある地士(じし)という身分で、田畑や山林を所有し、醤油醸造業を営み、江戸に店を持つ『農・工・商』のすべてにあてはまる上、紀州に居を構え、銚子で商いを営んだ、あらゆる境(さかい)を超えた豪家(ごうけ)だった」とした上で、「紀州と銚子を行き来する中で、情報収集につとめていた」と指摘しました。

基調講演した山口教授(オンラインでも配信された)

また、山口教授は、「稲むらの火で知られる安政の南海地震に際しての行動や、その後の堤防建設、私塾を作っての人材育成や、東京大学医学部の前身となるお玉ヶ池種痘所への支援など、梧陵が行ってきた、いわゆる慈善活動は、道徳と経済という、いまも我々を悩ませる課題に、梧陵が生涯をかけて正面から立ち向かった結果だ」と指摘し、「梧陵の生き方は、明治維新どころか、現在をも照らしてくれるものだ」と強調しました。

そして、山口教授は、梧陵と同じように行動した人物として近代日本経済の父とされ600もの公益慈善事業を手掛けた渋沢栄一を挙げ、「渋沢は、梧陵より20歳年下だが、渋沢の資料には、梧陵の子孫である濱口家の人々が登場し、慈善事業の打ち合わせを行っている」と述べ、梧陵の子孫が、渋沢栄一とともに、梧陵の話で盛り上がっていてもおかしくはないという考えを示しました。

この後、行われたパネルディスカッションには、山口教授とともに、岡山理科大学の吉川泰弘(よしかわ・やすひろ)教授とヤマサ醤油の濱口道雄(はまぐち・みちお)会長が壇上に上がり発言しました。

この中で、吉川教授は、幕末に江戸でコレラが流行した際、援助していた医師の関寛齋を江戸に送り対処法を学ばせ銚子にコレラが入るのを防いだ梧陵の先見性を高く評価した上で、「梧陵は、その後、地元に私立病院を作るなど地域医療のレベルを上げることにも目配りできた偉大な人」と述べました。

また、濱口会長は、「いまヤマサ醤油は、新型コロナウイルスワクチンで重要な役割をする、シュードウリジンという材料を供給している。医薬関連事業の開始から半世紀以上を経て世間に注目されていて、社会に貢献しようとする姿勢は、梧陵以来のDNAの現れ。医療に関心のあった濱口梧陵がこのことを知れば、きっと喜んでくれるのではないか」という見方を示しました。

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